稗に心を寄せて(2)

5年前に別の部落で田んぼを1枚借りたことがある。2年間耕作者がいなくて休耕していた田んぼだそうだ。行ってみると、ところどころに稗が穂を出してもう種をこぼしていた。広さは9畝で、いい田んぼなので、そんなことは気にしないで二つ返事で借りた。早速草を刈って、冬場に耕して、春にはきちんと代掻きをして、5月末に田植えをした。            それから2週間もしないうちに、早々に雑草が出てきて、田んぼ全体がうっすらと緑色になってきた。それから1週間もすると、田んぼはすっかりゴルフ場のように緑一色になった。それは実に美しかった!しかし、それが稗だった。姿かたちは稲とうり二つ、しかし、その数、稲の千倍はあっただろうか。

それから、稗取り大作戦が始まった。その初日に竹棒を持ってどことなく仙人のような雰囲気をもった高齢の農家がやおらやってきて、田んぼを見渡して一言枯れた声で感慨を洩らした。                    「これを全部取ったらたいしたもんだ。」                   その言葉は誰に宛てたでもなく、なんの嫌味もなく、なんの押し付けがましさもなかった。神の声とはあんな感じなのだろうか?私はその一言で腹が決まった。                                「よし、全部取ってやるぞ。」

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(どれが稲でどれが稗かさっぱりわからない)

しかし、余りの多さに稗取りは遅々として進まず、仲間の助けを借りても全部取りきるのに百六十時間は費やしただろうか。大格闘だった。それでやれやれと思ったら、また1か月後には大量に生えてきているではないか!私は大きく息を吸って、あの老人の一言を思い出して、再び稗取りに憑かれたかのように取り掛かった。その頃は稲もずいぶん大きくなっていて、顔を稲の間に突っ込んで取るような形で、作業は前より大変だった。幸い、また、仲間が助けてくれたおかげで、何とかまた稗を田んぼから一掃することができた。

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(仲間と必死で稗取り作業)

「もう、これでおしまいだろう」と思っていたら、稲が穂を出すころ、また田んぼのあちこちで稗も穂を出た。稲に寄り添っていた奴らだ。   「そんな馬鹿な!」                                でも、取るしかない。あの老人の声がまだ耳に残っていたからだ。稲と同じ背丈になって、稲より格段に根をしっかり張っていて、ごぶっとくて重い稗はもう引っこ抜くことはできず、鎌で根っこを切って全部田んぼの外へ持ち出すしか方法がなかった。汗まみれになって、これがまたえらく大変だった。

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(田んぼから取り出した稗を抱える)

そうして、3度稗取り大作戦を展開して、秋になり、稲刈りの日を迎え、はざかけを終了した時はジーンとくるものがあって、感動した。新参者が周りの農家に意気地を見せた思いだった。ただ、残念だったのは、あの日以降、あの老人を見かけることは一度もなかった。もう亡くなってしまったのだろうか。あの老人だけにはぜひ稲刈りの日の田んぼの姿を見てほしかった。

これが私の稗取り体験で一番記憶に残っている出来事だ。稗は侮っていはいけない。それが最大の教訓だ。

続く

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